デクノボ
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デクノボ
@deku_monk
なんかいろいろ作ってる人。 カードゲームとか作ったり、PCゲームとか、アプリゲームとかプランニングしたり、イベント企画と運営とかしたり。 FF14ラムウ鯖。 シド星の国家指導者にして時間の浪費者・空間の占有者。 美少女味のラーメンが食べたいね。





横浜市18区と周辺自治体の間で、転出が転入を上回っている組み合わせだけを視覚化しました。矢印の幅が転出超過の人数を、矢印の上を流れる赤いドットの頻度がその多寡を表しています。転出先を方面別にまとめると、東京23区方面が合計約2,800人と最も大きく、次いで県央・湘南方面(大和市・藤沢市・ 座間市など)が約1,700人、町田市・相模原市方面が約1,500人と続きます。 東京23区への流出は広く薄く散っているのに対し、町田市・大和市への流出は太いリボンが少数の区から集中しているのが特徴的です。 *** 単一自治体で最大の転出先は町田市で、合計△1,036人です。 その内訳をみると、青葉区から△383人、緑区から△272人、都筑区から△143人と、上位3区で全体の約8割を占めています。 いずれも田園都市線・横浜線沿線の区であり、町田市との生活圏の近さが背景にあるのではないかと推測されます。 ではその町田市の人口は増えているかというと... 2025年は年間+258人の微増だったようです。 ただし内訳をみると、自然増減が△2,932人(出生2,218人、死亡5,150人)に対し、社会増減が+3,190人。 自然減を社会増がかろうじて上回っている構造です。 見方を変えると、町田市の社会増+3,190人のうち、横浜市からの純流入は約1,000人で、およそ3分の1を占めている計算になります。 町田市のわずかな人口増加は、横浜市からの流入に少なからず支えられているのかもしれません。 横浜市は国勢調査の5年間で△22,651人と78年ぶりの減少を記録しましたが、その最大の転出先である町田市もまた、社会増がなければ人口を維持できない同じ構造の上にあるわけです。 *** 2番目の大和市(合計△680人)は、町田市とは対照的な構造をしています。 転出元が13区にまたがっており、瀬谷区△101人、都筑区△68人、泉区△68人、保土ケ谷区△65人、旭区△62人と、市の広い範囲から薄く広く人を集めているようにみえます。 大和市は横浜市の西側に隣接し、相鉄線・小田急線で市内各所とつながっているため、特定の沿線に偏らない流出パターンになっているのかもしれません。 *** 転出元の区に目を移すと、青葉区が合計△1,168人と突出しています。 青葉区の転出先は町田市△383人を筆頭に、大田区△90人、麻生区△62人、大和市△59人、京都市△47人など25の自治体にわたり、近隣から遠方まで幅広く散っています。 次いで緑区△621人、都筑区△584人、鶴見区△419人、港北区△411人と、市の北部・東部の区が上位を占めています。 一方、西区は△48人と最も少なく、横浜都心に近い区ほど転出超過の規模が小さい傾向がみられます。 *** ただし、転出超過の合計が大きいことが、そのまま人口減少を意味するわけではありません。 区の塗り色(純転入超過)をみると、旭区は転出超過の合計が△352人ある一方で、純転入超過は+531人と18区中最大のプラスです。 逆に青葉区は転出△1,168人に対し純転入超過が△1,156人と大幅なマイナスで、転入でカバーしきれていない様子がうかがえます。 転出の「量」と「差し引き」は別の話であり、両方をあわせて見ることで、各区の置かれた状況がより立体的に浮かび上がってくるように思います。 *** フロー図上の赤いドットについて補足しておきます。 各矢印の上を流れるドットは、単位時間あたりの出現頻度が転出超過の人数に比例するようプログラムで制御しています。転出超過が大きいフローほどドットが頻繁に現れ、小さいフローほどまばらになります。 ドットの大きさも人数に応じて変化させています。 演出のためにドットの量を恣意的に増減させてはいません。 なお本分析は、横浜市「横浜市の人口 ― 令和7年中の人口動態 ―」の第15表(移動前・移動後住所地別転入転出者数)を参照しています。 転出超過フロー図および本稿の数値は、市内他区・県内各市郡・東京都区部・町田市・政令指定都市を相手先とする純転出超過20人以上のフローを対象としており、国外や他の道府県の非政令市との移動は含まれません。

この間、この不振を奇貨としてKADOKAWAのマンガ、ラノベ部門は大規模な部署再編を行っている。合併後13年にしてようやく、組織のある種の「適正化」が完成したのも、さまざまな事情や闘争があったにしろ、結果論としては業績の好調に胡座をかいて放置していた側面は否定できないわけで。

外から来た人間が「過疎地を維持するコストを払うくらいなら、富山駅周辺に住んで車をなくせばいい。それが都市の代謝だろ」と真っ当な経済合理性を唱えても、地元民からは「何を言っているんだ、車がないと不便に決まっているだろ」「ここは田舎じゃない、本当の田舎を見せてやろうか」と、ピントのズレた過疎地自慢で返されてしまう。 お年寄りは意外にも柔軟なものの見方をするのですが、若い人は話してみると自分たちは正しいと思い込んでて頭が堅いものなぁ。 これは面白いテーマ。次回のnoteのネタにしよう。









