冯
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Congo, 1955 (colonia belga en ese momento)

中国人のガキ達が、日本兵の人形を殴る。 こんな国との友好は無理だろ



@lovejpkr39 漢字を作ったのは現在の中国では無いし、中華も人民も共和国も、熟語を作ったのは日本人。勉強もっとしよう。







日本はこれで反省と謝罪をしていると言うのか。 笑止千万です。 日本の謝罪が本心からのものだと言うのなら、他国の歴史上の人物をこのように嘲笑する投稿こそ、まず恥じるべきです。 反省は談話の中にあるものではなく、態度に表れるものです。 @takaichi_sanae

これは日本を出た日本人女性が概ね感じる事だと思う。他国にない訳ではないけど、日本はずば抜けている。






楊海英(大野旭)著書:「未完の中国文化大革命 」/「中国共産党歴史を書き換える技術」/「中国を見破る」より抜粋・引用 👇️ 『歴史の書き換え』『対外拡張』 中国が抱える民族問題は、国際社会から批判を受けるたびに「内政問題」として退けられてきた。 しかし現実には、こうした問題の多くが国境を越え、周辺諸国の利害と深く交錯しており、純然たる国内問題として処理することはできない。 例えば、中国政府は、2020年に中国東北部の延辺朝鮮族自治州で、朝鮮語による民族教育を段階的に廃止し、中国語への一本化を進めた。 【補足①朝鮮日報:抜粋】 『’内モンゴルに続き、中国は中国本土、台湾、香港における韓国語教育の規模も縮小した。』 cnnews.chosun.com/client/news/vi… これに対しては、中国国内の朝鮮族のみならず、北朝鮮や韓国からも強い反発が起こり、現地では学生による抗議デモにまで発展した。 その背景には、朝鮮族を「中国の少数民族」と位置づけ、彼らのルーツである高句麗や新羅といった古代王朝を「中国の地方政権」と再定義する強硬な歴史観の押し付けがある。 この歴史観の中核をなすのが、1990年代初頭から本格化した「東北工程」 呼ばれる国家的プロジェクトである。 【補足②:Wikipedia抜粋】 韓国メディア『聯合ニュース』は、東北工程を「古代朝鮮の古朝鮮・高句麗・渤海は、中国の属国であるという中国の大規模歴史歪曲プロジェクト」と定義。 ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1… 同プロジェクトは中国社会科学院の主導のもと、 国内の歴史学者を総動員して進められ、1998年に吉林大学出版社から刊行された張博泉らによる「東北古代民族・考古与疆域』において、その理論的枠組みが体系化された。 延辺におけるこの動きひとつを取っても、それが北東アジア地域の国家間の主張や利害と密接に絡み合っていることは明白であり、「内政問題」として片付けることは到底できない。 これらの民族問題の根底には、常に中国政府による政治的意図を帯びた歴史の再構築が存在していることを見落としてはならない。 同様の緊張関係は、中露間の根強い不信感 としてロシアとの関係にも見て取れる。 表向きには、中国とロシアはウクライナ戦争を契機に、米国や西側諸国に対抗する関係を築いているように映るが、実際には両国のあいだには根強い不信感と解消されぬ対立の火種がくすぶり続けている。 例えば中露国境線は2004年に、大ウスリー島を含む係争地域の取り扱いについて合意が成立するまで、完全には確定していなかった。 【補足③中ソ国境紛争:1969年3月2日、極東のウスリー川の中州・ダマンスキー島(珍宝島)でソ連の国境警備隊と中国軍による衝突が起こった。】 ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD… 歴史的な経緯を背景に、領土認識をめぐる相違(齟齬)は今なお両国の関係の根底に残っている。 実際、中国国内では、一部の民族主義者や歴史研究者のあいだで、清朝時代の北京条約によりロシアへ割譲された沿海州やサハリンについて、「無能な王朝がやむを得ず手放した領土」であり、「将来的には取り戻すべき」とする見解が今も根強くある。 北京条約 1860年に清朝とイギリス・フランス連合軍、および清朝とロシア帝国が締結した条約。天津条約の批准交換と追加条約である。 ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97… こうしたなか、台湾の頼清徳総統が2024年9月、「中国が台湾に対する主張を領土保全の名のもとに行うのであれば、なぜ北京条約に基づきロシアに割譲された土地の回収は求めないのか」と発言し、これに対してロシア側が猛烈に抗議するという一幕があった。 この過敏な反応こそが、ロシアにとって領土問題がいかにセンシティブなテーマ(デリケートな問題)であるかを物語っている。 ロシアの立場は一貫して、「領土問題はすでに完全に決着済みであり、再び議論の俎上(そうじょう=まな板)に載せることは断じて許されない」という強硬な姿勢が伺える。 【画像:珍宝島(ダマンスキー島)。ハバロフスク(伯力)とウラジオストク(海参崴)の中間に位置する】 【画像:(北京条約)右側の薄い赤外満洲がロシア領と確定した部分。ロシア帝国が設置した「沿海州」は「沿海地方」のほかオホーツク海沿岸全域に及んでいた】
















