ミント retweetledi

「自己否定」という悩みを解決する方法は、決して「自己肯定」することではありません。
ここで言う「自己否定」というのは、自分自身に対して責め立てるような言葉を浴びせることや、自分から自由を奪い、行動を制限していくかのような考えを自分に向けていくことを指します。
かつて僕もこのようなことで悩んでいる状態が長く続いていました。
その当時の解決方法というのは、
「もっと自己肯定感を上げよう」
「そのためにもっと勉強してスキルを身につけよう」
「たくさん経験を積んで価値のある人間になろう」
「お金をいっぱい稼いで自由に行動できるようにしよう」
といったように、それはまるで「ダメな自分を良くするために、たくさんの装飾品を身につけていく」といったような発想でした。
しかし、どれだけ装飾品を身につけようと、根本にある「自己否定」が消え去っているわけではないので、これでは終わりなき戦いに身を投じることになってしまいます。
このことは、運動会で行われる「綱引き」に例えてみるとイメージしやすくなると思います。
左側に「自己否定チーム」、右側に「自己肯定チーム」がいると仮定して、その両者が一生懸命に引っ張りあいます。
「自己否定チーム」が優勢の時、「自己肯定チーム」は負けるわけにはいかないので、その倍以上の力で引っ張るため、とにかくチームの補強に努めます。それが上に書いたような「装飾品を身につけるような発想」ということです。
もし仮にその補強が上手くいって、「自己肯定チーム」が優勢になった時、ある種の「安堵感」に包まれるかもしれません。
「よし、ようやく自己肯定感が高まってきた!」といったように。
ただ、先ほども書いたように、それは決して「自己否定チーム」が消滅したわけではないのです。
一時的に「自己肯定チーム」が優勢になったとしても、その反対側に「自己否定チーム」が存在する限り、常に負けないように引っ張り続けなければいけません。
ともすれば「いつの日か自己否定チームの力に負けてしまうかもしれない…」という無意識の不安を、心の奥底に残し続けることになってしまうのです。
改めてここで強調したいのは、「自己否定」という悩みを解決する方法は、決して「自己肯定」をすることではないということです。
なので僕は、この状態を終わらせにいくこと、つまり「自己否定」が持っている“負の引力”をその本人から切り離すことを目指しているのです。
「自己否定チーム」を根絶した時、綱引きをする必要がなくなり、「ダメな自分に対して、もっと素晴らしい装飾品を身につけなきゃ…」という発想が知らぬ間に消えていくのです。
その状態になったときに初めて「自由」になり、その人の心のなかに「愛」や「信念」、さらには「好奇心」や「主体性」といった、人間にとって非常に大切な要素が取り戻されていきます。
そして、本当の意味で「自分の人生」と呼べるものがスタートしていくのです。
もちろんそこに向かうまでの道のりはたくさんの困難があり、一筋縄ではいかないと思います。
しかし、ただひとつ確かなことは「自己否定を終わらせる」「自己否定の引力を切る」という道のりに入ることができれば、いつの日か、必ず終わる時がやってくるということです。
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