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philo1985
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philo1985
@philosophy1985
東京大学博士課程で学んだのち、哲学をしています。現在は、「哲学の静かな日々/幸福をめぐる思考の探求」の理念のもとに、週一回のスペース配信「哲学ウニウェルシタス」(金曜22時〜・通称「哲じゃが🥔」)を行っています。配信の聞き手はこちらです→ @pinocuteur
Katılım Mayıs 2015
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桃太郎、金太郎、浦島太郎などは無邪気に昔話として読んできたけどネタ元は神話だとも言われている。これらを読むこと(読まされること)って日本語共同体への参入儀礼みたいなところあるよなぁ
エルティ・エルティ@暗き根の路@Lt_lty
@YouTube 『桃太郎』のはなしを現在の本邦に産まれた人はなぜか必修で学ぶ。 間主観的な語りの地平、「我々、我ら」。 アメリカに産まれた人に『桃太郎』を語れるか?
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今晩もありがとうございました!配信の中でも話したように、アメリカ独立革命について論じるつもりが、桃太郎についての議論が深まる回になってしまいました。ただ、リスナーの方からもたくさんのコメントをいただきましたが、桃太郎に関してはかなり深いところまで議論を進めることができたように思っています。エルティさんご自身はゼロムスの例を引いておられましたが、今回話した事は他の様々な例にも応用することができそうですね。僕自身も、今週末はこの路線に沿ってもう少し考えを進めてみようかと思います。
配信に付き合ってくださる方がいることには心から感謝ですが、交わりの次元にこそ、生きることの意味が、そして哲学することの意味が存するという論点は、これから先の配信で、ヤスパースなどを論じながら考えてみようかとも思っています。来週は、もう一度アーレントに立ち戻って考えてみることにします……!📗
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今晩もありがとうございました!質疑応答の部分に関しては作ってくださって、本当にありがとうございます😢ただ、お仕事のほうもお忙しいことと思いますので、決して無理はなさらないでください……。
配信の内容に関しては、配信を開始した当時は、哲学の中の特殊な一主題を扱っているつもりで論じていましたが、2年半の道を進む間に、実は戦いというのは人間の条件そのものであった、そして、倫理なるものはおそらく人間の条件そのものを乗り越えることを人間に要求してもいるといったところにまでたどり着くのと同時に、これまで探求してきた事は、実は哲学の根幹そのものに関わることであったと改めて思い直しています。
僕自身が配信を開始する前から構想していた「存在の超絶」もこういった探求の道行きと深く関係しそうなので、この2年半は、回り道どころか決して欠かすことのできない道のりであったと感じさせられています。この時代の哲学がたどり着くべきところまでたどり着けるよう、引き続き励んでみることにします……!🥔
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@philosophy1985 感想です🫶↓
こんなに色んな方の考えや哲学のお話を聞く経験は何気に初めてだったので、すごく面白かったです✨
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今晩22時から、野家啓一『物語の哲学』の言葉に耳を傾けつつ、「言語活動と歴史形成」の問題について考えてみます。「物語行為と自己形成」「語りの地平へのコミットメント」等の主題も論じる予定です。初見の方もお気軽にご参加ください!
twitter.com/i/spaces/1qJDz…
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The meaning is just logos; you are setting a game of ouroboros. Most of the suffering comes from and is experienced in the logos. "Limitations" and "frustration" are concepts that only hold meaning inside the theoretical framework that holds them. So, by raising the question, you already create the framework where the answer needs to fit. The question is always the one that shapes the answer. You need to regenerate because you are in suffering. If you were in a "state" that needs alteration, the possibilities of answers would be far greater. A correct question generates a framework that allows the free development of an answer.
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@akirahamster ありがとうございます。ニーチェの名前を出してくださいましたが、確かに、限界状況との向き合い方は哲学者や文学者の残した作品の中に真理として保存されていると見ることもできそうです。思想や作品には、限界状況での立ち向かい方を歴史的に共有してゆくといった意味もあるのかもしれません………!
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@philosophy1985 ニーチェも「生きることとは苦しむことであり、生き抜くこととは苦しみの中に意味を見いだすことである」と述べていますよね。ひとつの問題を片付けてもいずれ次が現れるし、平穏を長期間持続させるのは難しい。大事なのは、困難や葛藤の中でも繰り返し自分を支えてくれる考え方や作品なのかも。
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え〜っと…w
文章に、遠回りと蛇足が少なくないのかもしれないと考えてしまう時はないのでしょうかと思い起こさせてくれるのかもしれないということだと思いますよw
あと、石川啄木は確かに歌人ですが、この一節は和歌ではなく短歌かもしれませんね♪😏
philo1985@philosophy1985
「新しき明日の来る(きたる)を信ずといふ/自分の言葉に嘘はなけれど……。」石川啄木の和歌の言葉です。自分以外の人間にも、ここに書かれているのと同じようなことを考えてしまう時はあると思い起こさせてくれるというだけでも、こうした言葉が存在することには小さくない意味があると言えるのかもしれません。
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@philosophy1985 九鬼周造を読んでからハイデガーに触れると、「運命」や「被投性」との類似性を感じずにはいられません。同時に「偶然」への発想の源のようにも感じられて、大変興味深いです😌
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@QPPtFadVqMA0FmL ありがとうございます。物語の主題に関しては僕も昨年末ごろから考え続けているのですが、物語になるものが深いところで人間の自己形成に関わっていることを改めて確認させられています……!
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@philosophy1985 アニメは生きた哲学
これほどまでに哲学を表現しやすい舞台はないと思う
言葉の羅列では表現しなくい部分を可視化できてしまうからね
人間が意味を世界に投影する
投影現実と同じ 脳だ
あれはとても効率的な潜在学習の装置
【物語】そのものが非常に効率的なデータダウンロード
私達は世界を学習する
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哲学者のハイデガーが用いた「被投性」の語は、「生きることは、『運命』の次元に不可避的に巻き込まれてゆくことである」という根源的な事実を言い当てるものであると言えるのではないか。
現存在であるところの人間は、自らが望んだわけではないにも関わらず、世界の中にいわば投げ込まれるようにして存在してしまっており、この「世界内に存在してしまっている」ということを通して、無数の出来事や災厄にも巻き込まれることになります。人間には確かに「選択することの自由」が存在するけれども、その自由には常に「自らが望んだわけではなかった『世界内存在』のただ中で選ぶこと」という両義的な性格が伴うのではないか。
古代ストア派の人々はこの契機を「運命」と呼びましたが、ハイデガーはこの同じ契機のことを「被投性」の語で表現しました。「投げられている」との表現を用いたところにハイデガー独特の言語感覚の鋭さが発揮されていますが、生きることには、「『運命』に対する拘束を受け入れつつ、その拘束において選び続けてゆくことの学び」という側面があることは確かであると言えるのかもしれません。
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